ライブレポを書いてます
by arukara
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シネマスタッフとのツアーの終焉と一年を振り返る
おす!

シネマスタッフとのツアーがやっと終わりました。
一年がかりだったなぁ。


思えば、一昨年の年末の新代田FEVERでの泥仕合の美味しんぼのSEから始まって。
そこから考えると一年半。
とてつもなく彼らと一緒にいろんなことを経験して、成長したり、学んだり、傷を舐め合ったり、ときには厳しく反省したり(岡山のアンコールの反省の時だけかな)そして楽しく(これは全ての日程において)過ごせたと思う。

実は何度もブログにアップしようと思って下書きしてたけど、、、

岡山の台風や神戸の台風や飯くんの喉など、タイミングがなくなってしまったのでシネマのツアーとともに自分の身に起こった事なども含めて一年間の総まとめ的なブログにしちゃおうと思っております。

なんとなく振り返ってみることにする。



まずは、12月のシネマとの泥仕合ツーマン
そこで正式に、というか飲みながらスプリットCDについてとか、ツアーについて話し合う。
ツアーに関しては、みんな好き放題言い合ったら20本かそれ以上の候補のライブハウスが出てきた。
絶対台湾と沖縄は行きたいという意見が飛び交ったり(それを喋っている辺りからテキーラ乾杯が開催され始めた気がするなぁ)

そして、レコーディングやラインライブに参加させてもらったりして、どんどんツアーへの思いが加速してゆく。
飯くんがそび釣りしてないから、絶対いつか2バンドで行かないといけないなぁ。

A.S.O.B.iはみんなでそび釣りをして初めて完成するのかもしれないと思うと、死ぬまでにはみんなで行かないと!!

スプリットの準備とともに、ネコフェスの準備も始めたりして。
シネマのシャドウをベースだけで弾いたりもしたなぁ。(あれはめっちゃお気に入り)

すごく大忙しな上半期だったと思う。

そしてネコフェスも終わり、シネマとのツアー前に体に異変が。
右目に薄くて黒い影が見える。。
昔からチラチラ見えていたけど多くなってきた!?気がする。
眼科に行くと、『網膜裂孔ですね!』と言われる。
もうまくれっこう!?なんかたいそうな病名だなぁ。。。
『このまま放っておくと、失明する可能性あります』
え!!!
『今手術しますか?すぐ終わりますよ。』

という事で、人生初の手術は初めて行った病院で突然決まりました。
『まあ手術って言っても目にレーザーあてるだけなんで30分もかからないですよ』

という感じで一瞬で終わってしまい、あっけなかった。
よくよく家へ帰ってから網膜裂孔に関して調べてみると、いろんな情報があった
網膜裂孔とは網膜剥離の一歩手前らしい。(もっとも僕の場合はその中でも軽度のものだったらしいです)
放っておくと、網膜剥離になって視力を失う恐れがある。

とのこと。

手術自体が初めてだったので、数日間はドキドキしながら過ごしていたんだけどよくよく考えてみると。
レーザー手術なんていうのが今の時代になかったら僕の右目は遅かれ早かれ見えなくなってしまってたのである。

そういう事実を考えた時にゾッとした。
たまたま下上家は代々元気で健康な人が多いから幸い我が両親も健在なのだけれど。

まだ38歳だなんて思っていたけれど、人生はいつまでもあるわけじゃない。
そんな風な事をしばらく考えたような気がする。

そこから、シネマとのツアーが始まった。
初日からほぼ1週間わりとフリーな時間あるなぁなんて考えている時に、ふらっとインスタを見ているとバックホーンの岡峰さんが岡山水害での復興の手伝いをしている様子を目にした。

なぜか、その時行きたいと思った。
なんでかはよく分からない。

実は今までそうゆう活動は表立ってしてこなかった。

稲村と出会ったきっかけは、阪神大震災のボランティア活動を通じてだった。
たくさんの悲しみとともに、人生として新たな息吹が生まれたのも震災からだった。

下上個人としては、震災後東京から神戸に来るバンドマンが苦手だった。
無自覚に震災などに触れてくるMCなどを聞くと、どうしても受け入れ難かった。

時間も経ち、自分たちも立ち直っていつの間にかそこに全く触れないようになってなんとも思わなくなって。
そして、たくさん東京でも仲間ができた。

今思えば、立ち直ったつもりでも立ち直ってなかったのかも。
自分の未熟さゆえ彼らを受け入れられなかったのかも。


そして東日本大震災を経て直接的にそして間接的に、自分も含めてたくさんの傷ついた人たちを見てきて、バンドマンとしてできる事をたくさん考えてきたと思う。

それが間違えだと思ってない。
ただ、正解でもなかった。
おそらくもともと正解なんてものは、ないのだ。

その事について改めてやっと考え出したのは、昨年の年末だったように思う。

あの時にraccoさんに会いに行って、何かを手伝う事が出来たのは僕自身が阪神大震災から一歩立ち上がれた証であるのかもしれません。

自分に取り巻くいろんな要因が渦巻いて作り上げた時期だからこそ、そういう風に感じる事が出来たのかもしれません。

長い人生の中で自分自身では乗り越えたつもりでも、実は気が付かずに心の中に棲みついている”何か”はずっと心の中にいて、その人の影のようにそっと存在しているのかもしれない。


自分の心の傷ってゆうものは自分でもわからないものだと改めて思った経験だった。




成長した自分を感じると同時に、まだまだ未熟すぎる自分に時折嫌気もさしますが、その辺は考えてもしゃーない。

一歩一歩、進んでゆくしかないなぁと改めて思う出来事でした。

この2バンドによるスプリットツアーが魂をぶつけ合うようなツアーだからこそ、そういう場所で自分自身が成長できたのだと思っております。

というような事を、ツアーの中盤で書こうかなぁと思ってたけど結局書けずじまいだったので、やっと書きました。

ふーすっきり!


そんなこんなが(個人的)にありつつシネマとのツアーは果てしなく続いていったのである。

名古屋ではキャッチャーを科学するをやった。

8月22日ミシマからやってほしい曲リストが送られてくる。(5曲)

大阪では、一次会後みんな帰る空気だったのにミシマの一声でホテル前の陽気なオープンテラスのカフェバーみたいなのにスタッフ総出で行った。(稲村辻コンビはすでに大阪の街に消えていた)

8月31日仙台MACANAの帰りには、ミシマから第二次やってほしい曲リストが送られてくる。(8曲)

岡山の日は辻とラコスバーガーに遊びに行ってraccoさんに久々に会う。

広島では、わっこに会ったりめしくんと映画を観に行ったりした。

北海道では、前乗りの時にミシマにディスチャーミングマンとマスドレのツーマンを一緒に見に行った。
(辻稲村コンビもいた)


少し心残りなのが、やってほしい曲リストの一部が出来なかった事。(台風で延期になったセットリストに入っていたのだ)
これはまたいつか実現したいと個人的には深く思っております。


そして、神戸も台風で延期。
岐阜の日に急遽追加公演が稲村氏の鶴の一声で決定。


そして、本当のファイナル前に飯くんの喉の不調が発表され、振替の振替になる。

なんとかしたいという稲村氏の想いに皆が力を合わせて、素敵な二日間を作り上げる。
(ミシマインティライミのアルカラカバーが最高だったよね!!)

どこまでも最高な空間だったなぁ。

ありがとうございました〜〜〜


そして、追加公演のEX THEATERが終わって本当のファイナルがやっと今月迎えられました。

本番前は、”全然感慨深くならないなぁ”なんてお互い言っていたのだけれど、いざ始まってみると色々思う事がたくさんあって泣けてきた。
改めてシネマスタッフがとんでもなくカッコいいバンドだと再認識した。

何故か分からないんだけれど、”君になりたい”がめっちゃよかったんだよなぁ。
今までも何回も聞いてきたはずなのに。涙が出た。。。。。

その感動的なライブとは裏腹に、打ち上げの後半部分はほとんどミシマプロデュースのプロレスが開催され、みんなクタクタになるまで暴れまわったのであった。。。。。


このツアーで感動した事はたくさんあったんだけれど、とても心に残った事を。

これは北海道かな。
タケくんとミシマが話していて聞いた事。

バンドの曲としてのアレンジや、ベースやギターなどのアレンジについて。

ミシマはメンバーに否定や難色を示されても”いくらでも”別案別フレーズ持ってるから、曲アレンジとかを否定する事を躊躇されたらめんどくさいという類の話。
彼らは楽しそうに話していたが、曲作りは本当に苦難や葛藤の連続なのだ。

嬉しい時なんてのはほんのひと時で、常に自分と向かい合いメンバーと戦って死ぬような想いでギリギリの綱渡りしてきたからこそ、皆の心を打つ音楽が生まれるのだ。

そんな苦難を乗り切ってきた彼らの言葉がすごく心に響いた。
いくらでも別案があるから、言ってくれ!と話していたのが、本当に衝撃だった。

彼らはプロだなぁと思った。

自分はまだまだそこまでは行けてない。
稲村が作ってきたものに対して、あって3つくらいのものだ。

自分もまだまだ未熟者だという事が見に沁みたツアーでもあった。

その中でも、ミシマにインスタで褒めてもらえたのはマジで嬉しかった事の一つでもある。


そしてもう一つ。

常々、シネマスタッフというのがわたくし下上の理想のバンド像に近くて、とても羨ましく思っていると言ってきたし今もそう思っている。
これは、曲が素晴らしいのはもちろんの事なんだけれどバンドとしてのあり方や活動や、メンバーとぶつかり合う距離感や音楽性などが、僕としては理想に究極に近いと今も思っている。(自分がそうなりたいかは、別にして。)

そんなミシマが、いったんの岐阜のファイナルの打ち上げで『僕はアルカラみたいなバンドが理想だったんですよ』と言ってきた。
酔っている事もあるから、どこまでが本気で言っているのかは計りかねるが。

その一言にはとてもびっくりした。
自分こそ、シネマスタッフを理想のバンドの一つとして掲げているつもりだ。

結局は無い物ねだりなのかもしれない。

結局補い合えないものを、お互いに補うために出会った2バンドなのかも。
でもその渇きは満たされる事はおそらくないのだ。

その渇きこそがバンドとしてのあり方や原動力である気がする。

バンドを続ける事、それはまだまだ自分達にはわかっていない事なのかも。


という感じで、下上的な感傷に浸る部分はおしまい。



今回、ツアーで撮った写真たちをシネマ・アルカラメンバーに無許可でアップしまくりました。
良かれと思ってやったんですみません。(今更ですが不適切な場合は削除いたしますよ)

シネマのみんなと一枚ずつ!
めしくんと広島で

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ミシマ多分札幌
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久野ちゃんは札幌行きの羽田空港にて
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つじは振替公演にて
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という感じ



あとは僕のお気に入りの写真はこちら

うざい下手の民たちでしたが、その中でも飛び抜けてうざい写真がこちら


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photo by 石崎祥子






そしてアソビツアーわたくしのインスタの写真いいね数ベスト5をアップして終わりたいと思います。
(このブログ書いた時なので、今は違うかもしれません)


5位
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photo by 石崎祥子

名古屋の始まる前の掛け声を稲村抜きでやって、本人からクレームが来たところ。

そして4位

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まさかのバンマスのねずみ顔とわたくしのツーショット

第3位

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なぜこれが3位なのかわかりませんが、追加公演の時に販売したタオルを持ったわたくし






第二位!!!
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神戸の夜に消えてゆくバンマスつじコンビ!今年の5月のアートハウスの打ち上げ後の写真

そして栄光の第一位は


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両バンドのボーカルによる女装姿でした〜
二人ともいい笑顔。
これは1回目のファイナル岐阜ですね。

という感じでした。


本当に人生に刻まれるべきツアーになりました!!
ありがとうございました!!!!!!

来月はついにネコフェス!!
かんばるぞー


下上貴弘

by arukara | 2019-05-31 23:53
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